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2013年1月20日日曜日

北野氏と門倉氏が石川県の先進的な取り組みを紹介!

昨年末(2012年12月22日)に兵通研とひょうご通訳センターとの合同学習会を開きました。
講師は石川県の聴覚障害者情報センター施設長の北野雅子氏。北野氏に同行された全通研石川支部の門倉美樹子氏からもお話しを聞くことができました。
手話通訳制度がまだない頃から長期展望を持って、制度確立に向けて力を注いで来られた北野氏のお話に87名の参加者が聞き入りました。そしてその取り組みの結果、手話通訳者の自治体設置率が進み、聴覚障害者の問題を行政が真正面から取り組んでいる様子を門倉氏が具体的にお話されました。
詳しくは以下の講演要旨をどうぞ。

参加者は87名。会場は熱気で溢れました。











北野雅子氏






「聞こえない人々のくらしを見つめて
      ~手話通訳者へのメッセージ~」


北野雅子氏 石川県聴覚障害者情報センター施設長


講演要旨

    昭和48年 身体障害者相談員任命/行政へ手話通訳者の必要性を訴えていく。
    昭和50年 金沢市手話通訳者採用
    昭和53年 石川県手話通訳認定試験発足
    昭和54年 石川県手話通訳者採用
    平成 7年 障害者プラン策定時、ろう者の代表が策定委員として参画、県内すべての町村に手話通訳士(者)を設置する」基本方針を具申。

子育てをしていた頃はまだ手話通訳制度がなく、子どもを病院に連れて行くと筆談では十分な話ができないので母親と一緒に来るように言われたこともあった。
金沢大学の学生に手話を教え始めた。学生たちは、手話を学ぶだけでなくろう者を取り巻く社会についても学ぶ姿勢を持っていた。昭和48年に身体障害者相談員として任命されてからは、彼らの協力を得ながら手話通訳者の必要性を行政に訴えていった。昭和50年に金沢市、昭和54年に石川県が手話通訳者を採用した。
 また、当時は手話通訳の公的な資格がなかったため、行政の協力を得て石川県手話通訳認定試験を発足させた。平成7年の障害者プラン策定時には、ろう者の代表が策定委員として参画した。石川県手話通訳制度を確立する推進委員会では「県内すべての市町村に手話通訳士(者)を設置する」という基本方針を決定した。自治体での手話通訳者採用が始まった当初は、自治体での手話通訳者の仕事についてよいモデルを示すため、聴覚障害者協会で経験を積んだ職員に採用試験を受けてもらった。現在では県内の約50%の自治体が手話通訳者を正規職員として採用している。
阪神大震災では、2人の職員(延べ9名の手話通訳者)を被災地へ派遣した。その経験を、能登半島地震の救援活動に生かすことができた。ろう者の支援の責任は行政にある。行政ができないと言ったことをろう協が勝手にするのではなく、できるだけ行政の理解を得ながら一緒に進めていくことが重要だと考える。   
 自分に合うホームヘルパーを選べるように、ろう者は手話通訳者を選びたいという気持ちがある。通訳者は、立派な人だが、プライバシーを握られ、うまくコントロールされているようで時には心理的抑制を感じる・・・・と言うろう者もいる。今後の課題だと思う。



 
  門倉美樹子氏 全通研石川支部(白山市役所障害福祉課勤務)


門倉美樹子氏
講演要旨
東日本震災発生の直後、石川県こころのケアチームの一員として現地へ派遣されることになった。医師など専門職で構成されるチームのメンバーの信頼を得ること、手話通訳者の役割や専門性を理解してもらうことを心がけた。行政の中では手話通訳者の業務がわかるような動きを心がけた。支援先の市は派遣事業を委託しているため、直接コミュニケーション支援の経験が薄く、支援が必要なろう者が見えていなかった。災害時には行政が中心になって支援を行う必要があるが、そのためには普段から情報をつかめる体制をつくっておかなければならないと感じた。
聴覚障害者本人の支援だけでなく、家族や避難所のスタッフに対するサポートや情報提供も必要。そのためには現地の社会資源についての知識や支援技術を身につけておくことが大切。あるろう者が、手話サークルがなくてさびしいと言っていた。サークルは重要な社会資源で、サークル員が増えるとインフォーマルな支援が増える。行政と民間それぞれがそれぞれの立場で協働していく姿勢が求められる。ろう者の支援は行政が考えていくことの必要性(施策提案)と、設置通訳者の言語通訳以外の業務(自治体における専門領域)を理解していただくこと、これらが手話通訳者の採用を進めるためのポイントになるのではないか。



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